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寛仁さま逝去の号外を見てびっくり

あれからからもう10年たつんだ。

当時クピド・フェアで働いてましたが、にこにこと、そしてエネルギッシュに仲間たちの仕事を見てまわってたお姿が今も記憶にあります。

直接会話はできなかったけど、人柄は伝わってきました。


66歳ってまだまだ若いのに・・・・・・


寛仁さま逝去:気さくな人柄、愛され 毎年のように来道 /北海道
毎日新聞 6月7日(木)11時50分配信

 6日に亡くなられた寛仁(ともひと)親王殿下(66)は、スポーツ大会臨席や障害者福祉施設の視察などで毎年のように来道し、多くの道民とふれあった。気さくな人柄が愛され、各界から哀惜の言葉が相次いだ。【山下智恵、大場あい、鈴木勝一、高山純二】

 寛仁さまは70~72年、札幌冬季五輪組織委員会事務局に勤務して以来、各種スポーツ大会の出席などで何度も来道。特にスキーの普及に熱心に取り組み、昨年3月、宮様スキー大会国際競技会閉会式で、札幌市を訪れたのが最後になった。

 寛仁さまが名誉評議員を務めていた北海道青少年科学文化財団の井口光雄副理事長(77)は、歩くスキーの普及に協力してもらったことを振り返り、「我々のボロ車に一緒に乗って活動に参加してくれた」と人柄をしのんだ。財団の行事「サッポロ・インターナショナル・ナイト」に触れ、「開催34回のうち半分はご臨席いただいた。運営についてズバズバとご意見をいただいた」と残念がった。

 寛仁さまは自らを「福祉の現場監督」と呼ぶほど障害者福祉に関心を寄せた。重度身体障害者福祉施設などを運営する「クピド・フェア」(岩見沢市)の吉田英次理事長は、92年6月の訪問について「入所者や職員に熱心に質問されていた。一緒に大笑いする姿が印象に残っている。優しさと厳しさが大事だと教えていただいた」と話した。名寄市の医師、吉田肇さん(67)は「私の母と全国を回り、北海道ハンディキャップスキー協会の設立に尽力された」と逝去を悼んだ。

 高橋はるみ知事は「スポーツ振興や障害者福祉にお力添えをいただいた。再び元気なお姿に接することを願っていただけに、哀惜に堪えません」、上田文雄札幌市長は「福祉や国際親善などの社会貢献に敬意を表し、ごめい福をお祈り申し上げます」との談話を発表した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120607-00000064-mailo-hok

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